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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1988号 判決 1978年6月06日

控訴人

西沢忠雄

控訴人

宮原光雄

右両名訴訟代理人

林百郎

外三名

被控訴人

日本国有鉄道

右代表者総裁

高木文雄

右訴訟代理人

井関浩

外七名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら訴訟代理人は「原判決を取り消す。控訴人らが被控訴人の職員としての地位を有することを確認する。被控訴人は、昭和三四年一月分から本件判決確定の日まで毎月末日限り、控訴人宮原光雄(以下「宮原」という。)に対し金四、八六三円、同西沢忠雄(以下「西沢」という。)に対し金四、五〇〇円の各割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに金員支払部分につき仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する主張及び証拠関係は、次に附加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。但し、「原告」とあるのを「控訴人」と、「被告」とあるのを「被控訴人」と読み替えるものとする。

一  控訴人西沢の主張について

原判決一六枚目裏一一行目「したがつて」から同一二行目終りまでの部分を削除し、同一七枚目表二行目「されているが、」とある部分を「され、これを占領政策の基本としているのであるから、この基本政策に反する」と訂正し、同行目から同三行目にかけて「右一〇項に違反するから」とある部分及び同一二行目「したがつて」から同末行目終りまでの部分を各削除し、同一八枚目表四行目「右の意見の一致がない。」とある部分を「そのメンバーの一員であるソビエトは共産主義者とその支持者をその他重要産業から排除することを指示することに賛成する筈がないから、これにつき極東委員会において意見の一致があつたものとは考えられない。」と、同二〇枚目裏四行目冒頭から同八行目終りまでの部分を次のとおり訂正する。

「 すなわち、当時戦後の経済的混乱による物資の窮乏は甚だしく、インフレーシヨンにより国民生活は益々苦しくなり、控訴人西沢は働くにも職がなく、家族をかかえてその日の生活にも窮し、自己の生存さえ困難な状況にあつた。そして、それまで少数派であつた国鉄労組民同派が、レツドパージを機に主流を制し、控訴人西沢を含めレツドパージを受けた者に対して何らの救援もせず、かえつてこれらの者を労組の支援活動の対象から排除したため、控訴人西沢は経済的にも精神的にも孤立無援の状態であつた。しかし、控訴人西沢は解雇理由が承服できなかつたため、直ちに上司である赤穂車掌区助役に異議を述べるとともに、個人の費用で解雇に不服である旨のビラを作成し同一職場内の者に配布し支援を求めるなどの抗議活動を暫く続けていたが、やむなく、被控訴人の供託した退職金につき、賃金の一部として受領する旨留保し、上司を通じて、被控訴人主張の日時にその支給を受けるにいたつた。」

同一一行目終りの次に行を代えて次のとおり附加する。

「 前記のとおり控訴人西沢は退職金の支給を受けたが、未だ訴訟を提起してこれを争う経済的余裕もなく労組からの支援も期待できないので訴の提起を延引していた。この状態はその後も続いていたが、昭和三三年ころになり漸く経済情勢も好転し、控訴人西沢にも多少の余裕を生じ労働運動も活発となつて労組の支援も期待できるようになつたので、控訴人西沢は、自己の権利擁護のために本件訴訟を提起するにいたつたものである。それ故、その間八年余の年月を経過しているとはいえ、これをもつて控訟人西沢が権利の行使を放棄し、あるいは権利の上に眠つていたとするのはあたらない。」

二  控訴人宮原の主張について

原判決二五枚目表六行目「したがつて」から同七行目終りまでの部分を『右整理準則二条によると「人格、知識、肉体的適応性並びに業務に対する熟練及び協力の程度等その職種に必要な資格要件の優劣」に従い劣者から整理し、その資格要件について差異を認め難い場合には勤務年数の短い者から整理することとなつている。』と訂正し、同二六枚目表八行目「国家機関」の次に「本件についていえば国鉄各駅」を、同二七枚目表一〇行目終りの次に行を代えて「(五)かりに右協約が認められないとしても、本件解雇は裁量の範囲を逸脱し、無効である。」を、同三三枚目裏三行目終りの次に「なお、控訴人宮原が退職金受領のやむなきにいたつた事情(但し、ビラ配布の点を除く。)、その後長年にわたり訴訟の提起ができなかつた事情については、控訴人西沢の主張と同一である。」を各附加する。

三  被控訴人の主張について

原判決一一枚目裏末行目冒頭に「(一)(1)」を附加し、同一二枚目表五行目「ところが」から同裏四行目終りまでの部分を次のとおり訂正する。

「したがつて、法的安定を図る上からもかかる状態を覆えすべきものではない。(2)本件免職はレツドパージに基づく大量な処分の一環で、これについては早期に処分を確定する必要があつたのに、控訴人西沢は処分後八年余を経て、被控訴人がその処分の根拠とした証拠資料も保存年限の経過で廃棄し或いは散逸した後になつて本訴を提起し、その効力を争うにいたつたものである。

(二) 控訴人西沢は昭和二八年から林法律事務所事務員として勤務していたから早期に本件免職の効力を争う訴訟を提起することが十分できた筈であるのに、同控訴人は同人の責に帰すべき事由によつてその権利の行使を長年にわたり放置したもので、その権利の行使は著しく時機を失したものである。」

同三二枚目裏六行目「とする」とある部分を『と、同(二)の部分を「控訴人宮原は免職後農業を営むとともに共産党の党務に従事していたから、早期に本件免職の効力を争う訴訟を提起することができたのに、同控訴人は同人の責に帰すべき事由によつて長年にわたり放置したもので、その権利の行使は著しく時機を失したものである。」とする』と訂正する。

同二九枚目裏二行目終りの次に「したがつて、本訴において被控訴人としては、控訴人宮原に対する本件免職は前記定員法の定めるところに従い、その時間的、数的範囲内において為されたことを主張立証すれば足り、それ以上処分事由の具体的事実の主張立証を要するものではない。また、控訴人宮原が共産主義者であつたというだけでは定員法の適用を免れるものではないことも明らかである。」を附加し、同三〇枚目裏九行目「かりに」から同行目「において」までの部分を「被控訴人が労働組合との間に控訴人宮原の請求原因(四)の(1)ないし(3)主張のような労働協約を締結したことは全くない、また、同(1)に」と訂正し、同一二行目終りの次に「準則は、前述のように大量の人員整理にあたり国鉄の経営にプラスになり職員に損害を及ぼすことの少ない方法で公正に実施するため、下部職員に理解を徹底させるべく国鉄総裁がその指針を明らかにしたものにすぎず、この準則に関し労働組合と団体交渉をしたこともなければ労働協約を締結したこともない。」を附加する。

証拠<略>

理由

一控訴人らがそれぞれ被控訴人国鉄の職員として甲府管理部赤穂車掌区に勤務する車掌であつたところ、被控訴人が(1)昭和二四年七月一五日控訴人宮原に対し、行政機関職員定員法、同附則七、八項に基づく職員削減としての人員整理として免職したこと、(2)昭和二五年一一月一三日控訴人西沢に対し、連合国最高司令官の重要産業から共産主義者及びその支持者を解職すべき旨の指示の実施のため、国鉄法二九条三号にいう職務の適格性を欠く場合にあたるとして免職したことは当事者間に争いがない。

二被控訴人の信義則違反の主張について

被控訴人は、(1)控訴人らがそれぞれ免職後に退職金を異議なく受領したので、(2)被控訴人は控訴人らの退職が確定したものとして後任の職員を配置し、その後長年の歳月を経て職場の組織秩序が形成されているから、これを尊重し法的安定を図るべきであり、(3)免職後長年月の経過により各免職の基礎資料が廃棄され、ないしは散逸した現在において右免職の効力を争うことは権利の行使において著しく遅延したものといわざるをえず、かつ、(4)控訴人らはそれぞれ早期に本件訴訟を提起して各免職の効力を争うことができたのにその責に帰すべき事由によりこれを放置していたものである等の理由により、控訴人らの本件訴訟における権利の行使は著しく時機を失したもので信義則に反し許されない旨主張する。

1 控訴人らが被控訴人主張のように(但し、その受領の日時、方法及び受領の趣旨の点を除く。)退職手当金及び共済組合法による一時退職金(以下両者を合せて「退職金」という。)を受領したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すると、控訴人らがそれぞれ被控訴人から、被控訴人主張の日時にその主張の方法で退職金を受領したことが認められる。しかし、右退職金受領の趣旨については、被控訴人主張のように単に退職金は本来解雇による退職を前提としてはじめて給付され、たま、これを請求しうる性質のものであることや、右退職金給付請求書に控訴人らの手によりかかる退職金として給付を申請する旨の記載がなされているとの事実から、直ちに控訴人らにおいて退職を承認し、その効果を争わない旨の意思を表示したものと判定することはできない。すなわち、被控訴人は、控訴人らにおいて右免職を争い、退職金の受領を拒否したところから右退職金を供託したものであるところ、<証拠>を総合すると、控訴人らは、右のように免職の効力を強く争つていたが、当時所属労働組合はこれに対する支援を行わないとの態度をとつたため、頼みとする組合からの経済的、精神的援助が受けられず、また、当時の経済的混乱により一般に労働者の生活が窮迫していた状況下において他に定職に就くことができず、生計の維持にも困難する事情に置かれ、他方解雇に伴う手続の形式的完結を急ぐ旧職場の上司の勧告もあつて、やむをえず退職金の受領手続をとつたものであることが認められ、右の認定の事実及び後記認定のような本件解雇にからまる諸事情に照らせば、当時被控訴人においても控訴人らによる右退職金の受領がいかなる事情の下で、いかなる動機、理由によつてなされたものであるかを推知していたか、または当然推知しえたものと推認するのが相当であり、これらの事実関係に即して考えると、上記退職金受領の一事をもつて控訴人らが解雇の効力を争わない旨の意思を表示したものとすることはできないといわざるをえないのである。そして他にこれを認めしめるに足りる証拠はない。そうであるとすれば、控訴人らによる解雇承認を前提とする被控訴人の信義則違反の主張はその前提を欠くというべく、また解雇承認の有無を離れて単に退職金受領の事実のみをとらえても、上記のような事実関係の下における退職金受領の一事から、後日において解雇の効力を争うことが信義則に違反するものとすることはできない。

2 被控訴人が控訴人らの免職後その有効であることを前提として後任人事を決定、配置し、その後長年にわたる時間的経過に伴ないその組織秩序が形成されていることは弁論の全趣旨からこれを認めることができるし、このようにして形成持続された事実状態及び法状態が一応尊重されるべき法価値を有するものであることは、被控訴人の主張するとおりである。しかし、かかる既成秩序の尊重は決して絶対的なものではなく、殊にそれが違法ないし無効な行為を前提として形成維持されたものである場合には、その法価値は更に低下せざるをえない。一般に企業が労働者を解雇した場合には、企業者は当然その者が有効に解雇されたものとしてその後の当該企業における労働者配置を行い、企業内秩序の形成をはかるであろうが、その後右秩序が一定期間持続しても、当初の解雇が無効とされればその秩序が一部覆えされることとなるのを免れず、被解雇者において右解雇の効力を争うのがその者の側の事情によつてある程度おくれたとしても、単に既成秩序の尊重という点のみから当然に右解雇無効の主張を信義則違反とすることはできないのである。被控訴人は、労働組合法二七条二項の規定が不当労働行為に関して行為の時から一年を経過した後は救済申立を許さないこととしている趣旨に照らし、解雇後長期間を経過したのちはもはや労働者からする解雇無効の主張を許すべきでないと主張するが、このような特別の立法措置が講ぜられている場合は格別、そうでない場合にたやすく右規定を類推して解雇無効の主張に期間的制約を課することは相当ではない。要するに、労働者の訴による解雇無効の主張が信義則違反として許されないものであるかどうかは、単に解雇と右無効主張の間の経過期間が長期にわたるかどうかのみからは決められない問題であり、解雇当時の事情、その後の推移、その間における労使双方の態度、現在の状況、労働者の訴提起にいたつた動機、理由、その他諸般の事情に基づき、健全な法意識に照らして右解雇無効の主張が著しく信義に反するものとなるかどうかによつて決せられるべきものといわざるをえないのである。(なお、被控訴人は控訴人らの免職後長期間の経過によつて免職の基礎資料が廃棄され(保存期間の経過により)または散逸してその根拠の立証が困難となつていることを信義則違反の一事由として主張しているが、かかる事情は控訴人らについても同様に妥当するのみならず、右は要するに長期間の経過に伴う事実状態及び法状態の安定という法価値の一要素をなすものにすぎず、特にこれをとりあげて信義則違反の有無を論ずべきものとは考えられない。

そこで右の見地に立つて本件をみるのに、控訴人らが本訴を提起したのは前記本件免職の時から約八年を経過した後のことであり、八年の年月は確かに決して短いとはいえないし、また本件の証拠上その間において控訴人らが免職の効力を争う訴訟を提起することを妨げるような特段の事由があつたことも窺われないけれども(もつとも控訴人宮原光雄については、当審における同控訴人本人尋問の結果によれば、同控訴人は昭和二七年ころいわゆる辰野事件について起訴され、その公判への対処に相当の精力を注がなければならないという事情があつたことが認められるが、そのために本件免職の効力を争う訴訟の提起が実際上不可能であつたとまでは認めることができない。)、他方原審及び当審における各控訴人ら本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、控訴人らが右のように本件免職後早期にその効力を争う訴訟を提起しなかつたことについては、右免職がそれぞれ定員法による免職またはいわゆるレツドパージによるそれとして行われたものであること及び当時の労働情勢その他の社会的政治的情勢が大きな要因をなしており、控訴人らとしては決して免職に対する不服意思を放棄したわけではなく、その後客観情勢の変化に伴つて改めて当初の不服意思を貫く決意を固め、本訴提起に及んだことが窺われるのであつて、これらの事情に照らすときは、控訴人らの訴訟不提起をもつて直ちに全面的にその責に帰すべき事由による権利行使の懈怠であると断ずることはできず、たとえ上記のように訴訟不提起の期間が八年の長期に及ぶことをしんしやくしても、なお本訴における控訴人らの免職無効の主張を信義則に反し許されないものとするには足りないというべきである。

3 以上に説示したとおりであつて、被控訴人の援用する事実はいずれも信義則違反を肯認せしめるに足りないし、また、これらの事実を総合しても同様の結論をとらざるをえない。それ故被控訴人の上記抗弁は、これを採用することができない。

三控訴人西沢の主張について

1  控訴人西沢は前記のように連合国最高司令官の指示の実施のため国鉄法二九条三号により免職されたものであるが、右処分の性質につき控訴人西沢は私法上の解雇たる性質を有するものと主張し、被控訴人は行政処分たる性質を有するものとしてこれを争つているので、まずこの点について判断するのに、国鉄職員に対する国鉄法による免職処分が行政処分にあたるかどうかは、専ら同法上かかる行為を処分権者の優越的権力の行使たる行政処分として行わしめるものとしているかどうか、またはそのようなものとして取扱うのを妥当とする特段の規定が存するかどうかにより決せられるべきものであるところ、同法上右の点を肯定せしめるような規定は見当たらないので、右は私法上の解雇たる性質を有する行為と解すべきである(最高裁昭和四九年二月二八日第一小法廷判決民集二八巻一号六六頁参照)。もつとも、本件処分は国鉄法二九条三号による免職の形式をとつているとはいえ、前記のように連合国最高司令官の指示の実施としてなされたものであるから、その実質において優越的権力の行使たる性格をもち、その意味において行政処分と目すべきものであるとの論もありえないではないが、右の指示そのものは権力の行使としてなされたものであつても、そのためにその指示を受けた者においてその指示に従つてなす行為が当然に権力の行使たる性質を取得するわけのものではなく、その行為の性質は右指示を離れて専ら当該行為自体の性質に即して決定されるべきものであり、このことは、指示の受命者が民間の私企業者である場合にその者が指示に従つて従業員を解雇する場合を考えれば明らかである。本件においても、指示を受けた国鉄当局が前記のように国鉄法二九条三号によつて免職を行つたものであり、かかる免職が一般に私法上の解雇たる性質を有するものであること前記説示のとおりである以上、それが連合国最高司令官の指示の実施のためになされたからといつて、その性質に変動を生ずるものではない。よつて被控訴人の主張は採用できない。

2  そこで進んで控訴人西沢の免職の効力につき判断する。

(一)  まず、被控訴人が控訴人西沢に対してした免職の経緯、免職理由の点についてみるのに、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被控訴人は、昭和二五年七月一八日付連合国最高司令官の報道機関その他重要産業から共産主義者及びその支持者を解職すべき旨の指示を実施するにあたり、共産党員または当時職場内で勤務時間中に共産主義政治活動を行い、正常な業務を阻害しまたはその虞れのある者につき、国鉄法二九条三号にいう「その職務に必要な適格性を欠く場合」として免職するとの基本方針を立てた。そしてこの基本方針に則つて具体的にこれを実施するにあたつては、職場長が部下の職員中右基準に該当する者がないかを確かめ、ことに共産党員ではないがその支持者である場合の認定については慎重に行ない、本人に真意を確かめ、場合によつては従来の活動につき翻意を求めて説得し、その説得に従わず、かつ、日常の行動からみて共産党支持者と確信できる者について上司に報告し、この資料と、各管理部の人事担当者が自ら調査した資料とを基礎にして、数次にわたり会議を開き検討してこれを決定するという方法をとつた。本件においてもこれにより、赤穂車掌区助役が職場長として右の調査にあたり、次いで右に述べたような会議における検討の結果、控訴人西沢を含む何名かが該当者とされた。

(2) 控訴人西沢が該当者と認定された理由は、次のとおりである。すなわち、控訴人西沢は当時共産党に入党はしておらず、また明確に共産主義者であると断じうる資料もなかつた(控訴人西沢は当初共産主義者であることを認めていたが、その後右は錯誤によるものとして撤回し、被控訴人はこれに異議を述べているが、上記理由により右自白の撤回を許すべきものである。)。しかし同控訴人は、その職場である赤穂車掌区内等において勤務時間中に、(イ)しばしば共産党機関紙「赤旗」を職員に配布し、職場の掲示板に貼付し、職員にその購読を勧誘し、(ロ)昭和二四年一二月ころ赤穂車掌区の共産党員などが主となつて共産党菊地謙一議員の演説会を何回か同車掌区で開催した際、そのビラをその都度職場の掲示板に貼り、職員に対しその出席を勧誘し、(ハ)議員選挙に際し立候補した共産党林百郎候補のため同人の選挙ビラを職場の掲示板に貼付するなど共産主義的な政治活動を行なう等の所為があつた。これらの点にかんがみ、控訴人西沢は共産党の支持者であり、その活動において業務の正常な運営を阻害し、将来もその虞れがあるものと認められたものである。

以上の事実が認められ、<証拠判断略>。

(二)  右認定に基づいて控訴人西沢の主張につき以下順次検討する。

(1) 控訴人西沢は、上記連合国最高司令官の指示は、言論、思想の自由を定めたポツダム宣言一〇項に反すること、極東委員会の決定に基づかず、これに基づくとしても、同委員会の対日基本政策第三部第三項の信条を理由とする差別を廃止するとの定めに反することなどを挙げて無効である旨主張する。しかしながら、連合国最高司令官の上記指示に控訴人西沢の指摘するような規範違反が存するとしても、それは当時における占領各国の内部において問題となりうるにとどまり、被占領国である当時のわが国の政府機関及び国民にとつては、連合国最高司令官の指示は最高の法規範としての権威と拘束力を有し、その効力を問擬する余地はなかつたのであるから(最高裁昭和三五年四月一八日大法廷決定民集一四巻六号九〇五頁参照)、控訴人西沢の右主張は本件においては問題となりえない。

(2) 控訴人西沢は、連合国最高司令官の指示は日本国民に対し法的規範を設定したものではないと主張する。しかし、この主張も独自の見解であつて採用することができない。

(3) 控訴人西沢は、連合国最高司令官といえども憲法の拘束を受けるものであるところ、上記指示は憲法一四条、一九条に違反しているから無効であると主張する。しかし右は前記(1)で述べたところと異なる前提に立つ立論であつて、その前提において失当であるから採用できない。また同控訴人は、右指示は平和条約発効後は失効したから、それに基づく控訴人西沢に対する免職も無効であるという。しかし、免職の効力はその行為当時の法規に照らして判断されるべきであり、本件免職の基礎となつた前記指示がその当時法的拘束力を有するものであつた以上、その後平和条約の発効により右指示が失効したとしても、これによつてすでになされた免職の効力に何らの影響を及ぼすものではない(前記最高裁昭和三五年四月一八日大法廷決定、同昭和三七年二月一五日第一小法廷判決、民集一六巻二号二九四頁参照)から、控訴人西沢の右主張も失当である。

(4) 控訴人西沢は、連合国最高司令官の内閣総理大臣あて書簡の内容は公共的報道機関から共産主義者及びその支持者を排除すべきことを述べるのにとどまり、その他には及んでいないのに、時の内閣がこれを拡張解釈して実施したものであるから、控訴人西沢に対する解雇も右指示に基づくものとはいえない旨主張する。しかし、連合国最高司令官の内閣総理大臣あての書簡は、公共的報道機関にとどまらずその他の重要産業からも共産主義者及びその支持者を排除すべきことを要請する連合国最高司令官の指示と解すべきものであることは前記最高裁昭和三五年四月一八日大法廷決定及び同昭和三七年二月一五日第一小法廷判決の判示するとおりである。控訴人西沢は、右のような覚書の解釈に関する指示がなされたことは公知の事実であつたことはいえない旨るる論ずるけれども、独自の見解であつて採用することができない。それ故右控訴人西沢の主張は失当である。

(5) 控訴人西沢は、右指示により免職されたとしても、共産主義者またはその支持者であることだけでは免職されるものではなく、「機密を漏洩し、業務の正常な運営を阻害する等その秩序をみだり、またはみだる虞れがあると認められるもの」との閣議決定に従い運用されるべきところ、控訴人西沢にはそのような行為はなかつたから、本件免職は無効であると主張する。

所論の連合国最高司令官の指示がその要請の基本要綱を示したものにすぎないことは控訴人西沢の所論のとおりであり、その実施につき所論のような閣議決定がされたことも弁論の全趣旨から認められる。しかし被控訴人は、前記認定のように、右指示を右閣議決定に沿つて実施するために、共産主義者及びその支持者のうち職場内で勤務時間中に共産主義的政治活動を行い、これにより正常な業務を阻害しまたは阻害する虞れのある者について、国鉄法二九条三号の職務適格性を欠く場合にあたるとの基本方針をとつたものであり、その基本方針は、右指示を前記閣議決定の趣旨に沿つて実施するための具体的基準として相当であつたものということができるところ、控訴人西沢には前記認定のような所為があり、被控訴人はこれらの点にかんがみ控訴人西沢が共産主義の支持者であり、その職場内で勤務時間中に共産主義に基づく政、治的諸活動をし、それによつて正常な業務の運営を阻害しており、また、将来においても阻害する虞れがあるものと認定したものであることはさきに述べたとおりであり、被控訴人が右のように認定し、前記連合国最高司令官の指示に基づき、国鉄法二九条三号の職務の適格性を欠くものとしてこれを免職すべきものとしたことには格別の不当性が認められず、右認定に基づく本件解雇を違法無効とすべき理由はない。したがつて、この点についての控訴人西沢の主張は失当である。

(6) 控訴人西沢は、共産主義者及びその支持者ではなかつた旨主張するが、控訴人西沢が共産主義の支持者であつたとみるべきこと前記のとおりであるから、右主張は失当である。

(三)  以上説示のとおりであつて、控訴人西沢が同控訴人に対する本件免職の無効の理由として主張するところは、すべて理由がない。

四控訴人宮原の主張について

1  控訴人宮原は前記のとおり行政機関職員定員法、同附則七、八項に基づいて免職されたものであるところ、控訴人宮原は右免職は私法上の解雇であると主張し、これに対し被控訴人は行政処分であるとしてこれを争つている。しかしながら、右法律に基づく解雇の法律上の性質について種々の議論が存しうるとしても、これについてはすでに最高裁判所昭和二九年九月一五日大法廷判決(民集八巻九号一六〇六頁)により行政処分に準じて取扱うのが相当である旨判示されており、これを不当とすべき理由もみあたらないから、当裁判所もまたこの見解に従うこととする。ところで当時の定員法(昭和二四年法律第一二五号)附則七項は、「日本国有鉄道の職員は、その数が昭和二四年一〇月一日において、五〇万六、七三四人をこえないように、同年九月三〇日までの間に、逐次整理されるものとする。」と定めるのみで、その整理基準につき法令上格別の定めがなされていないから、同法による人員整理については、国鉄の自由裁量に委ねられたものと解される。しかし、右職員の整理としてなされる免職処分が行政庁の自由裁量事項とされていても、もとよりそれは絶対的な自由裁量ではなく、裁量権の濫用と目される場合には違法処分としてのかしを帯有するものであり、更にそれが明白な場合には当然に無効な処分と目されるべきものである。

2  そこで進んで控訴人宮原の免職処分が当然無効のかしを有するかどうかを判断する。

(一)  控訴人宮原は、定員法附則九項は、団体交渉権を否定して勤労者の労働基本権を全く剥奪し、ひいては生存権を否定するものであり、その代償措置である苦情処理申立制度の適用もないから、同法附則七項、八項は右九項と相俟ち憲法二八条、二五条に違反するものであり、無効であると主張する。

しかし、国鉄の財政は国家の出資にその基礎を置き、その運営上国家財政と密接な関連性をもち、定員法が国家財政の合理化のために国家公務員とならんで国鉄職員についての人員削減措置を講じたのも主としてこのためであつて、その限りにおいては両者を同一視することに十分の合理性が認められるから、定員法附則七項ないし九項の規定により国鉄職員が国家公務員と同様団体交渉権の制限を受けることになつたとしても、これにより右規定が憲法二八条、ひいては二五条に違反し、無効であるとすることはできない(前記最高裁昭和二九年九月一五日大法廷判決参照)。また、右附則九項は免職につき当時の公労法一九条の苦情申立共同調整処理会議への苦情申立を許さないこととしているが、免職処分につき行政上の不服手段を認めるかどうかは立法政策上の問題であつて、これを認めなかつたからといつて、別に裁判所に直接出訴してその処分の違法を争う途が閉されていない以上、これをもつて憲法二八条、二五条に違反するものとすることはできない。よつて、この点の控訴人宮原の主張は失当である。

(二)  控訴人宮原は、同人には被控訴人が定員法施行のために定めた整理準則二条にいう「人格、知識、肉体的適応性並びに業務に対する熟練及び協力の程度等その職種に必要な資格要件の優劣」に従い劣者から整理し、その資格要件について差異を認め難い場合には勤務年数の短い者から整理するとの整理基準のいずれにも該当する事由がないから、控訴人宮原に対してした本件免職は裁量権の濫用にあたり違法無効であると主張する。

(1) <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(イ) 被控訴人が定員法による人員整理を実施するために設けた整理準則第二条によると、「職員の降職及び免職は、所属長が、その者の人格、知識、肉体的適応性並びに業務に対する熟練及び協力の程度等その職種に必要な資格要件の優劣を認定し、その資格要件について差異を認め難い者の間においてはこの準則……により定められたその者の国有鉄道における勤務の長さ……を基準として、その劣位の者から順次これを行う。」旨定められていた。被控訴人のした定員法による人員整理は全国規模で多数の者に及んだが、控訴人宮原の所属した甲府管理部においては実人員約九、〇〇〇人のうち約二、〇〇〇人の退職、免職による整理が必要とされた。そして控訴人宮原は、同人が職場において勤務時間中に政治活動をし正常な業務の遂行を阻害する点で資格要件が劣位にあり、また勤務年数も他の者より短いため、整理準則二条に該当するとして免職された。

(ロ) 控訴人宮原は、昭和二一年一〇月から共産党に入党し、当時党の地区委員をしていた(このことは控訴人宮原も自認する。)が、その職場である赤穂車掌区等で勤務時間中に、労働組合の正当な行為の範囲を超えて、同一職場に数名いた共産党員の細胞責任者として党務を行い、その機関紙赤旗の配布を指揮し、職員に対し共産党への入党を勧誘し、共産党選出議員の演説会を開催し、選挙の際共産党から立候補した者の応援のための諸運動を行なうなどの政治活動を行い、その結果業務の正常な運営を阻害し、上司との間に円滑を欠き業務の協力程度が低いものとの評価を受けた。また、控訴人宮原は、昭和一四年に小学校卒業後直ちに被控訴人の職員として採用され車掌をしていたが、昭和一九年に任意退職し、昭和二〇年に被控訴人の職員に再採用された後約四年を経過したのにすぎず、任意退職前の勤務期間は整理準則では二分の一を通算することとした(同七条八号)ため、これを通算しても、他の職員に比較し勤務期間が短かかつた。

以上のとおり認定でき、<証拠判断略>。

(2) 右認定の整理準則は、被控訴人が定員法実施のため大量の人員を画一的な基準で迅速に行うために設けられた内部準則であり、対外的に効力をもつ法規範として設定されたものではないと考えられるが(控訴人宮原はかかる法規としての効力を有するものとして準則が設定されるのでなければ定員法附則の規定自体が違憲となるというが、そのように解さなければならない理由はない。)、右準則違反が即当該免職処分を違法ないしは無効ならしめるものではないとしても、免職権者がその有する裁量権行使の合理的基準として設定したものである以上(上記準則二条はその内容上かかる基準として合理的なものと認められる。)法的に全く無意味なものではなく、右基準を無視し、またはこれに明らかに違反してなされた処分は、特段の事由のない限り裁量権の合理的行使の範囲を逸脱したものとして違法であることを免れないというべきである。その意味において、右準則が内部的にも何らの拘束力をもたないとする被控訴人の主張は採用し難い。

(3) 前記認定事実によると、控訴人宮原はその職場において勤務時間中に共産党員として上に認定したような政治活動を行つたものであるから、その結果同控訴人が、全力をあげて職務の遂行に専念すべき義務(国鉄法三二条)に違反すること著しく、正常な業務の運営を阻害したものであり、また、上司との間に円滑を欠き業務に対する協力の程度が低いと評価されたことも、決して不当、不合理な認定、判断であるということはできない(それは、単に控訴人宮原が共産党員であるということだけで、専らその思想的側面に着目してなされた評価ではなく、党員として行つた現実の政治活動が国鉄職員としての職務上の行動態度に影響し、反映する側面において評価され、その結果他の者より職員としての資格要件が劣るというのにすぎないのである。)。そしてさらに、控訴人宮原は勤務年限においても他の者より短く、この点においても整理準則上整理対象とされる要因を具備していたのであるから、被控訴人が右両者の理由により控訴人宮原がその整理準則の整理基準に該当すると認定し、定員法により免職したのは合理性を欠くものとはいえず、そこに控訴人主張のような裁量権の濫用があつたとすることはできない。

右のとおりであつて、この点についての控訴人宮原の主張は失当である。

(三)  控訴人宮原は、本件免職の真の理由は、同控訴人が共産党員であること及び労働組合の正当な行為をしたことにあり、思想信条による差別取扱いである点において憲法一四条、一九条、労働基準法三条に違反し、また正当な労働組合の行為を理由とする差別取扱いである点において当時の公労法五条に違反し、ないしは裁量権の濫用にあたるから、本件免職処分は無効であると主張する。

しかし、控訴人宮原に対する免職処分は定員法に基づく免職で、同控訴人がその整理基準である前記整理準則二条に該当するとしてなされたものであり、控訴人宮原が共産党員であるところから定員法に藉口してこれを排除したものではなく、また同控訴人が労働組合の正当な行為をしたことを理由として差別取扱いをしたものでもないことはさきに認定したとおりである。したがつて、控訴人宮原の右主張は採用できない。

(四)  控訴人宮原は、(1)国鉄労働組合が被控訴人との間に、(イ)昭和二三年ころ免職につき一方的に決定することはできない旨、及び(ロ)昭和二四年ころ本件整理準則と同一内容の各労働協約を締結し、さらに(2)同組合甲府支部赤穂車掌区分会が昭和二四年前半ころ被控訴人の甲府管理部長、赤穂車掌区長との間に本件整理準則と同一内容の労働協約を締結しているところ、被控訴人は右各本件免職を一方的に、しかも、整理準則に従わないでしたものであるから、本件免職処分は右各労働協約に違反し、ないしは裁量権の濫用にあたり、無効であると主張する。

しかし、本件免職は定員法に基づいてなされた行政処分の性質を有し、これについては同法附則九項において公労法八条の規定の適用が排除されているのであるから(そのために同法の免職規定が違憲無効となるものでないことはさきに述べたとおりである。)、たとえ右の協約がなお存在していたとしても、定員法に基づいてされた免職を上記労働協約に違反し一方的になされたものとしてまた整理準則に違反するものとして、違法、無効とし、または裁量権の濫用であるとすることはできない。したがつて、右控訴人宮原の主張も失当である。

(五)  右のとおりで、控訴人宮原が同控訴人に対する本件免職処分の無効の理由として主張するところは、すべて理由がない。

五以上の次第で、被控訴人が控訴人西沢、同宮原に対してした本件各免職はいずれも有効であり、その無効であることを前提とする控訴人らの各職員としての地位の確認を求め本訴請求及び被控訴人に対する右各免職後の昭和三四年一月分以後の各未払賃金を求める請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく失当であるから、控訴人らの右各請求はすべてこれを棄却すべきものであるところ、その理由において異なるが結論において同趣旨の原判決は結局相当で、本件控訴は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(中村治朗 石川義夫 高木積夫)

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